2012年4月6日金曜日

ドントストップ・クライング18


――――氷帝学園中等部。
自ら考え、自ら決断することの重要性を学ぶ。
生徒会長跡部景吾君の言葉。「無二の学園生活を送りたいなら、一瞬一瞬に全力をこめて過ごすんだな」
(うろ覚え)
多くの行事が行動力と判断力を伸ばし、海外への修学旅行も当たり前。
忍足侑士君(三年生)の言葉。「去年はドイツに行ったけどみんなべっぴんやったなぁ」(うろ覚え)
創設年1919年。ドイツ行く行くベルサイユ、の年だ。まぁ何て覚えやすい。またドイツかよ。

・・・忍足・・・。
「べっぴん」発言は、足を指してのことなのか、それとも顔のことなのかはっきりして欲しい。

風が冷たい。
こんなことなら、さっきあの(謎)セラミックスで水をもらっておけば良かった。
暑くはない、むしろ寒い くらいなのに喉がカラカラに渇いている。

・・・とんでもないことになってしまった。突然変異に見舞われたのは私だった。

私は氷帝の外壁の斜め前50メートルほどの場所に建っているマンション入口の段差に座り込んでいる。
倒れて起き上がってからすでに一時間と半分が経過した。時刻は1:43pm。
何度もほっぺたを抓った。本気で久しぶりに痛かった。懐かしい気さえするその痛みに絶望する。ああ悲劇。

「・・・・・・」

果たしてこれは、一体何の冗談なんだろうか。
実は氷帝学園中等部というものも私が知らないだけで、日本にはそういう名前の学校が存在してたんじゃ
ないの?

でも、家が無かった。
もうそれだけは譲れない事実だ。最初に跡部と氷帝� ��行こうとしたときと全く同じパターン。
私のマンションがあった場所だけ、すっからかんの全く別のビルが建っているいう衝撃的事実。
つまりそれは、ここには私の居場所が無いってことになるんだろうか。この世界で私だけが異人間ってこと
なんだろうか。何それ。何だそれ。何のお伽話?

チャリンチャリン、という音に顔を上げれば、犬の首輪を引いたおじさんが自転車で通り過ぎていった。
・・・犬になりたい。
ハッとして思わず鞄から鏡を取り出した。自分を映してみると、そこにはいつもの私がいる。
良かった、とりあえず人間のままではいるようだ。


混乱している。混乱に混乱を重ね、混乱しまくっている。
・・・本当に?本当に来てしまったとでも言うのか。
気を失ったのは、そういうこと?気を失い目が覚めるまでの間に全てが起こったとでも言うの?
あんなに簡単に来られるものなの?会いたい会いたい思ってたら来られるものなの?
何それ!だったら誰だってそうしてるっつの阿呆!

・・・いや、簡単に来ることが出来たかどうかは分からない。跡部と別れてから二ヶ月弱経っているし、もうどこかで諦めて、さらに私は跡部を詐欺師か何かだったかも知れないとまで思っていた。

タイミングが悪かったんだろうか・・・何のタイミングだ。
何が原因なのか。信じて良いんだろうか。本当に信じて良いんだろうか、たった今私� �跡部と同じ目に遭ってる
とでも言いたいの?
何てことだ。奇跡体質?

いよいよ真実味を帯びてきた。
家もお金も無く、さらに携帯が繋がらないことがもう決定的のような気もするけれど、だからって簡単には
信じられない。
・・・時空の歪み・・・ワームホール?ワームホールって何だっけ?もう知らないよ。
跡部の時はあんなに簡単に信じたくせに、というか別に嘘でも跡部を家に入れるという事実は変わらなかったし、・・・・・・。
それに跡部に関しては、あいつが無駄に美形だったから、まっ信じても良いか!みたいなノリだったもんね。

つまり此処は何の世界?跡部にとっての実三次元世界??
で、私にとっては・・・何?というか、私が何� �

・・・果たしてこの建物も、警視庁とかじゃなかったか?
残念ながら思いっきり『氷帝学園中等部』って書いてるからね。見るからに柄の悪そうな名前の学校だ。
しかも校門と言っているけど、普通の学校にあるようなレベルではなく明らかに特注で、上にも横にもでかい。
日本中の金持ちたちがこの学校に寄付してるんだろう。


幸運なのか何なのか、校門の横脇には外来者用のものと思われる、人が入れるぐらいの小さな扉が付いて
いる。開いているわけがないと思いながらさっき押してみたら、何と開いてしまった。危なくないんだろうか。
でも鍵が開いているということは別に侵入不可能ってわけではないんだろう。別に可能というだけで、 誰でも
彼でも許可されているわけではないと思うけど。

それにしても何て学校だ、と思う。

入らなくても、もう既に肌で感じている。感じることが出来るほど、この学校は雰囲気からして明らかに異質だ。
一般庶民など受け付けないという確固たるオーラ。校門と外界を遮断する見えない何か。ギラギラと漂うお金の
匂い。
程度は分からないけれど、この中にはいわゆる絶対的な階級社会が存在しているんだろうか。金が物を言う
世界。私なんかが簡単に足を踏み入れてはいけない、踏み入れたら最後、排除される。
いや、冗談っぽいけれど笑い事じゃない。冗談なんかではなく、本当に氷帝SPが潜んでいて、無断で入れば
包囲されて捕まって拷問にでもかけられるんじゃないかという雰囲気だ。
� �まけに私は一般人丸出しの私服だし、明らかに部外者。

そして記憶が正しければ、その階級社会の頂点に立つ男が跡部景吾だった気が・・・。
だったら私の知っている跡部はいないんじゃないの?
・・・この校門から繋がる世界の中に跡部がいて、その世界の天辺に立つのが跡部なのだとしたら、跡部は
遥か彼方、雲の上の存在だ。
今頃考える。跡部と対等にやり合えていたのは、私の世界では跡部が異物で私の方が主流だったからだ。
だけど私はテニスの時に感じたはずだ。私と跡部が恐ろしいほどに違うということ。完全に跡部>私だと。
そうなると、跡部の世界にいる私は石なんじゃないだろうか。石以下?どうなの。

だからこうして座り込んでいる。
端的に言うと� �私はこの学校を前にして萎縮している。


バタフライマシンの作業を何の筋肉 - ? "三角筋"

それでもこの状況だ。自分の置かれた状況だ。
もうここが拾い宇宙のどこかで、一次元でも三次元でも五次元でも何でも良いけど、とにかく財布が空なの
よね!
つまり、これからの生活はお先真っ暗だ!
携帯も繋がらない、家は無い、帰るところは無い、これからどうやって生活すれば良いのよ!
夏だったらまだ何とかなったかも知れないけどこれから冬だ。大都会の冬は寒すぎる。凍死する。
Question:ある日突然家が無くなった場合、当事者はどうすれば良いのか。
A1.どらえもんに泣きつく
A2.橋の下で生活を始める
A3.知り合いを頼る
A4.働き口を探す(住居付き)
A5.お水の花道に進む

あ。何だか結構生きていけそうだ。
すげー。家が無くなったのにここ までふざけることが出来てる。凄い凄い、自分に感心した。
とりあえずどらえもんと橋の下生活は却下して、知り合い・・・知り合い?
そう、恐らく知り合いなんか一人もいない。一人も。・・・待ってよ、これは絶対に絶望するよ。
気楽にトリップきたーーーーと言ってる場合ではない。本当に。本・当・に!!
・・・跡部は偉い。本当に強い。本当に凄いと思う。全てが事実だとしたら、あの環境で二ヶ月も過ごして、
よく発狂しなかった。並大抵の精神力じゃ無理だ。
私なんかこのままじゃ死ぬとすら思ってるっていうのに、楽観的というかやっぱどっかおかしいんだろうな。
ネジが二・三本取れてるとしか思えない。

警察に行こうかとも思ったけれど、そんなことをしたら� ��けの分からないことを言っていると、精神病棟に放り
込まれる可能性がある。それか独房。はー。

跡部・・・。
ここに、跡部がいるんだろうか。あの跡部が?
・・・・・・
・・・・・・・・・

・・・はっ、またボーっとしてしまった。1:53pm。
今はもうこの携帯だけが頼りだ。電池が切れたら時間すら分からない。一巻の終わりやで。
頭が真っ白だ。・・・・・・跡部はどうしてたんだっけ・・・。
そう、私に声を掛けた。跡部は本当に知っている人が誰もいなかったからそうした、とりあえずそうするしか
なかった。
そうしたら運良くというか跡部様パワーというか、私がテニスオタクだった。そして跡部の押し込み詐欺は成功。

待って。と いうことはもしかして、私もこの世界で漫画になってるかも!?

いや、無いとは言い切れないよね!?・・・無いわ馬鹿!
どれだけつまらない漫画なんだ。タイトルは何よ。
あ、でも跡部だって主役じゃないんだから、私だって脇役とかで登場してたりして。
それで夏になると私が主役の同人誌が・・・

てめえいっぺん死んでこい

あー・・・何かやっぱもう死にたくなってきた・・・。
そろそろ現実逃避もやめないといけない。そりゃ逃避もしたくなるよ。
そう、じゃあ良いよ。良い、ここが本当に跡部の世界で、私はそこに紛れ込んだ悲しき別世界の住人だとする。
そうしたらこの門の向こうに跡部がいるわけだ。知り合いと言えるのは跡部一人だ。

問題が三つある。
まず� �あの男が、この氷帝の跡部だという保証がどこにも無いということ。詐欺師説。
次にあの男が本当に跡部景吾だったとしても、私のことを覚えていないかも知れないということ。
異世界に飛ばされていたんだから、記憶を失った上で再び元の世界に戻ったっていう考え方も充分出来る。
三つ目は、"ここに跡部はいないかも知れない"ということ。
私の所からいなくなったのは、元の世界に帰ったんじゃなくて"また別の世界に飛ばされたからだ"という
考え方だ。異世界たらい回し跡部景吾。今頃ドイツでダンケシェン。物凄いファンタジーだ。
・・・有り得る。もう何でもありだからな・・・。人智を超えすぎている。


これらの場合全て、のこ� ��こと中に入って行って例え会えたとしてもただの初対面だ。知らない人間同士だ。
そうしたら跡部には「誰だお前?」、最低の場合「失せろメス猫!」・・・殺意がわく

その場合はどうしろと?無理です、私には忍足をたぶらかして家に泊めてもらっちゃうとか出来るような器量は
無い!

・・・それにもっと問題なのはこんなことじゃなくて、もしあの男が跡部景吾で、私のことを覚えていて、さらに
この場所に戻ってきているとしても、私はどんな面をして会いに行けば良いんだ。
何て言えば良いの。来ちゃいました〜じゃねえだろ。跡部さん、私行くところ無いんでお願いします、と言ってる
ようなものだ。
跡部は私のことを覚えて� �たら間違いなくそうするだろう。自惚れではなく跡部のプライドが絶対にそうさせると
思う。言い換えれば二ヶ月間も受け身であり続けたことの仕返しだ。これでチャラだ、と言って三倍返しぐらい
しそうな気もする。
あの男は。
嫌だな・・・。
跡部に会いに行くということは、つまり、そういうことだ。跡部に会いに行く行為自体が、「私の面倒を見て」と
言っていることになる。今度は私の番ですよ、って。結局負けだ。勝ち負けじゃないけど、あんな人に頼ったら
最後、骨の髄まで足蹴にされる。
・・・「お願いします!」と頭でも下げれば気は楽は楽だけど、もっと嫌だ。頭なんか下げたくない。

でもね。それも全部私の都合の良い解釈で、逆に跡部こそが私を排除しようとするかも知れ� ��いんだよね。
会いたい会いたいと思っていたのは私で、跡部ではない。
あれから二ヶ月も経っているのに今さら跡部に会ったって、てめえ何しに来た?くらい言われるかも知れない。
むしろ言われそうだ。
もう思い出したくもなかったのに!と、私が目の前に表れでもしたら、それこそ発狂するかも。

どっちが嫌だろう。跡部にやり返されるのと跡部に追い払われるのと。
・・・後者ですよね。そりゃ明らかに後者だよね。・・・勝手に良いように解釈し続けてた方が幸せだ。
跡部には会いたかったけれど、私のことを知らない跡部には別に会いたくないよ・・・。
どうだろう。記憶を無くした跡部でも嬉しいかな・・・嬉しいか?嬉しいわけあるか。

むしろ青学とかに 行った方が良い気がする。

・・・いやいやいや。いや、何で青学だよ!?青学舐めてない!?

あーもう埒が明かない!


何が歯decaeを引き起こす

いつまでもこんな所に座り込んでるわけもいかないし、やっぱりただ恐いだけなんだよね!私のことを覚えて
いない跡部に出くわすのが、恐いだけなんですよね!
だからって考えがまとまらない・・・。・・・・・・あぁー・・・・・・。
・・・よし。もうこうなったら入って行くしかない。跡部に会いに行くしかない。
考えて。・・・考えた。もう本気で考えた。たぶんこれが最良のやり方だと思う。
えぇいこうなったら当たって砕け・・・たくはな・・・いや、もう当たって砕けろだ。1%でも可能性があるなら、
それを試すしかない。
可能性はゼロでは無い!
死にはしない、最悪の場合でもメス猫止まりだ。大丈夫。
大丈� �なわけないだろ!?せめて馬鹿にして欲しいよ!

―――キイ

決意して、ようやく私は外来用らしき扉を押して、中を覗いてみた。
入ってすぐの右側に渡り廊下がある。女子生徒が二人、仲良く笑いながら歩いているのが見えた。先程見た
あの制服だ。間違いない。本当にここは氷帝らしい。絶望。
あぁ緊張してきた。実際会うとなると色々な意味で恐ろしい。嫌だなぁ〜〜〜〜何しに来ただとか言われたら
本気でどうしよう。私だって知りませんよ!
は〜・・・。何で跡部なんだろう。ジローとかだったらまだ絶対気楽だった!あの跡部だからこんなに恐いんだよ。
ちくしょー。

意を決して中に踏み込んだ。
二人のお嬢さん方は侵入者があったことには気付いていないよう だ。
だから近付いていって、「あの、すみません。」と出来るだけナチュラルに声を掛けた。

「はい?」

私の方に背を向けていた二人が振り返った。

(あらま可愛い〜)

別段特に怪しむ様子などは無さそうなお嬢さん二人は、どこからどう見ても育ちの良さそうなふわ〜んとした
雰囲気だ。可愛い〜。この子達、跡部様!とか言うんだろうか。
さて何から訊けば良いのか。
・・・跡部君はどこですか、は直球過ぎる。
ここはとりあえず、テニスコートの場所を訊いてみるべきだ。

「あの、テニスコートの場所を教えて欲しいんですが」
「・・・テニスコートですか?・・・あっちの方にあります。グラウンドの向こうに。」
「あ、ど、どうもありがとう・・・ございます・・・」
「い� ��え。」

・・・。
テニスコート、と言った瞬間二人の目が少しだけ細められた。絶対に空気が変わった。
「何この庶民。」とで言いたげな表情だった。一瞬、「テニスコートォ?何よアンタ誰狙い?」ぐらい言われるかと
思って身構えた程だ。
生粋の上流貴族というか、裕福さに裏打ちされたかのような自信がみなぎっている。

でもその後は意外に平気だった。案外あっさり教えてくれた。愛想笑いを浮かべて私は頭を下げる。
お嬢様方と別れて私はグラウンドの方へ向かった。体育の授業中でなかったのが救いだ。

テニスコートはすぐに分かった。というかこれは『テニス競技場』だ。
ええええええ。氷帝ってこんな凄いコート持ってんの?さすがブルジョワジー・・・。ナイター設備まで見える。お昼過ぎにも関わらず、中から声が聞こえた。部活中か?
端に回って入口を探すと、観戦スタンドに繋がる階段もすぐに見付かった。
入って良いものか。でも跡部と言ったらやはりテニスコートだし・・・。
見学者らしくしていればあまり不審そうには見られないかも。

鉄の階段をカンカンと駆け上がって、スタンド席に侵入した。鉄扉を開ける。

「・・・うわっ・・・。」

両脇に観戦スタンド。三面のハードコート。そこまで規模は大きくないけれど、これが中学にある時点で何か
おかしい。凄すぎる。
そして観客席にはお客様方がたくさんいらっしゃった。
さすがに何百人もはいないだろうけれど、ざっと見た感じでは50人ほどはいそうだ。
ほとんどの人は、段々になっている観客席の一番下 に陣取ってコートを見ている。
コートと客席を分ける仕切りの周りにぐるりと壁を作るようにして、女子生徒の方々は立ったり座ったりでそこに
いた。

とは言っても、別にそこまで黄色い声を出しているわけではない。
友達と談笑しつつ、見学しているだけという感じだ。
これがまともなファンの在り方なわけだ。へーえ。勉強になります。

(ていうか下まで行かないといけないの?)

この光景を一望して一気に萎える。今にも希望は潰えそうだ。
さっきから嫌な感じがしているんだ。跡部が覚えていない可能性が99%くらいある気がしている。根拠は無い。
だけどとにかく嫌な予感がする。
遠目にコートを見てみても、まず跡部らしき人は影も形も見当たらない。
それどころか知っている顔す� ��無く、一番簡単に見つけられそうなピンク頭も見えない。

観客スタンドの上部からではまともに部員さんたちの顔が見えないので、私は仕方なく下へと降りていった。
見付けられそうな人から探す。樺地もいないなあ。すぐに見付かりそうなものだけどやはり見当たらない。

ハッ。

よく見ようとしすぎて、気が付かないうちに一番下まで降りてしまっていた。
キョロキョロしている私に、女子生徒の視線が集まってきている。
怪しい私服の女がコートを見渡している。危ない。絶対に不審者だと思われている。
早いところどうにかしないと、これは校長先生に連絡がいっちゃうかもしれない。それだけは避けなければ。

その時だった。
何気なく右側の、コートの入口の方を見遣ったとき、物凄く見覚 えのある特徴的なキノコヘアが視界に映った。
あ、あれってもしや、もしかして・・・

っひひひ・・・日吉・・・?

目を凝らして見てみる。あれは日吉じゃない?日吉だよね?・・・間違いない!あれは日吉若だ!
日吉はユニフォームを着て腕を組んで立っていた。後輩の指導に当たっているのか、二人の部員を見下ろして
何事かを喋っている。

わー・・・!マジで本当に氷帝なんだ・・・!

今さらながら感動してきた。よく見ると日吉の背後の壁には人垣が出来ていない。コートの入り口付近だから
か、私が楽に日吉に語りかけられそうなスペースがあった。
これはチャンス到来!きっとGOサインってことだ。
そうと決まれば思い立ったが吉日。
私は客席を一段上がってから真っ直ぐそこへ� �づくと、日吉の背後に立った。
日吉との距離は二メートル。あれ?日吉って結構背が高いな。跡部とそんなに変わらないんじゃないの?

「あのー」
「・・・」

ザ・無視!!


どのくらいのシリマリンは、大型犬用マリンになりました?

日吉は大胆すぎる変質者にピクリとも反応しなかった。腕を組んだまま振り返ろうともしなければ動くこともしない。無視だ。完全に無視してる。
うう。まあ当然だ。
だからってこんなことではめげてはいけない。こうなったらジローを拝んで髪の毛触るまでは帰れない。

再チャレンジを試みる。

「あのーすいません日吉君。」
「・・・」

今度は名前も織りまぜてみた。それでも日吉は無視の姿勢を崩さない。
練習中は外部からの呼びかけには一切応えないスタンスなんだろうか。
まあ、それはなかなか良い心がけだと思う。
けれどね。
あなた、オタクを無視すると痛い目に合うって、これ鉄 則なんですよね。知ってました?

「あのー、立海の仁王雅治と一日違いの12月5日生まれで、趣味は読書かっこ学園七不思議系で好きな
タイプは清楚な人の、跡部に下剋上したくてたまらない日吉若くん。」
「・・・誰ですかアンタは。」

きた―――――!!日吉と目が合った。
私の怪しすぎる発言にただ事では無いと感じたのか、日吉はゆっくり振り返るとあからさまに眉を顰めた。
しかも直球だ。さすが日吉若。見ず知らずの女性にアンタときた。遠慮というものを知らない。跡部もだけど。

「あの、ごめんなさいね日吉くん。」

そんな私の行動に、少し離れた横側にいた女子生徒は明らかにギョッとした風に私を振り向いた。
けれどもうそんなのは無視だ。
ごめんねうるさいお姉さ� �で。オバサンじゃないからね。まだハイティーンですから。

「何ですか。何か用ですか」
「いや、あのですね。ちょっとお尋ねしたいんですけど、こちらに跡部はいますか?」
「!?」
「!?」

そう言った瞬間まるで禁句でも聞いてしまったかのように、空気が一変した。隣にいた女の子たちは勿論の
こと、今度は日吉までもがギョギョッと顔色を変えて私を見返す。
え?何だ・・・?日吉の射て付くような視線の意味を探りながら、ハッとした。しまった、跡部だ。呼び方だ。
恐らく此処では"跡部"だなんて呼び捨てはきっと御法度なんだ。死刑に値する重罪なんだ。
そう勝手に解釈した私は慌てて言い直した。

「いや、跡部君跡部君、跡部様はいますか?」

しかし時既に遅し。横のお嬢 様方がヒソヒソと話を始め、日吉も眉間の皺を増やして僅かに首を傾げた。
私の頭の天辺から、仕切りで隠れた下半身、足の先まで目線を動かす。そして、「三年生はまだ来ていません。
何か用ですか」と淡泊に突き返した。

「あ、いや・・・あの、はい。用事です。」
「外部の方ですよね?すみませんが恐らく跡部さんは取り合わないと思うのですが」
「え?」
「知り合いの方ですか?」
「はい。知り合いです。たぶん。
「嘘ですね。知り合いなら、三年生はもうとっくに引退して部活に出なくなっていることぐらい知っていると思い
ますがね。」

は っ ! そ う だ っ た !
そういえば・・・!跡部も全国は終わって引退したと言っていた。忘れていた!
・� ��・え、ということは跡部は来ないってこと?
そんな!まさに最悪のタイミングだ。あぁ、それはまったく計算してなかった。予想外だ。

不審者を見る目つきの日吉はしばらく黙った。何かを考えるように地面を見下げている。
私の苦悶の表情を見て取ったのか、意外なことを教えてくれた。日吉は何だかんだで礼儀正しいようだ。

「・・・まぁ、今日は三年生の方々が指導に来て下さる日なので、あと一時間もすれば来ると思いますよ。
明日の行事の関係で、三時以降なんですが」
「えっ?」
「知り合いならそこで自分で声をかければ良いでしょう。・・・では俺はこれで。」

指導!?
そうなんだ!指導とか何たらに来るんだ!
私の運も捨てたもんじゃない。淡々と言った日吉は私を一瞥してから 颯爽と踵を返した。
あと一時間もすれば三年生が来るらしい。けれど同時にそれは、あと一時間ずっとここでこうして好奇の目に
晒されなければならないということだ。
・・・仕方無いか。我慢しないと。そうしないと跡部に会えないんだったら、待つしか手だては無い。

ただ、問題はそこじゃなくてですね!

跡部が私のことを覚えていなかったら、もしくは知らなかったら私はこの大勢の前で大恥をかく羽目になる。
分かりますか、日吉くん!
一対一で跡部に会って、それで「ア〜ンてめぇ誰だ」と言われるならまだ良いけれど、大勢の前で「何だてめぇ、
失せろメス猫!」だとか言われたらどう責任取ってくれんのって話なんですよ。分かりますか、日吉くん!
あいつはそういうことを簡単に言う男 なのよ。あなただって知っているはずだ。TPOなんて常に無視、世界の中心
はこの俺だ!
これが不二とかなら優しく追い払ってくれるんだろうけど、あの男は平気で女の子にメス猫だとか言う人間だからね。かく必要も無い恥は私はかきたくない。
だから日吉に声を掛けて呼んでもらおうと思ったのに。知らないと言われたら即刻退散しようと思っていたのに。

だから私はしつこく食い下がってみた。
旅の恥は捨て恥と言うよね。・・・あれ?言っていることが矛盾してきた。

「あのお願いします。跡部が来たら呼んで欲しいんです。伝えてくれま」
「自分でしてくださいよ。というか俺にはそんな権限無いので。」
「・・・・・・あ、そうですか。」

でもやっぱり日吉は日吉だった。取り付く島も無か� ��た。
ま、そうですよね。日吉に当たってもしょうがないというわけだ。
とりあえず女の子たちのチラチラグサグサする視線が痛いし、跡部たちが来るまでにはあと小一時間はある
らしいから、一端コートから離れていても問題は無い。
ここにいて一時間もチクチクされ続けるよりも、一時間後に見に来た方が賢明だ。

私は日吉に「ありがとうございました」と丁寧にお礼を述べて、コートに背中を向けた。
それにしても寒い。私は一体これからどうなるんだろう。
その時背後で、やけに聞き覚えのある鬱陶しい声がした。ギャラリーが一瞬「キャアッ」と沸いたので、何事かと
振り返ったその直後。

「ん?誰や?」
「あ。忍足さん。」

どへぁ


何か来た。何か来た。何か、来た!
一瞬だけ目に映して、私は慌てて背中を向けた。
なっ・・・何か来た!何か見えた!無駄にでかかった!無駄に声が低かった!!無駄に髪が長かった!!無駄
だらけだった!!
ちょちょちょちょっと!もし、もし、もしや今のは今のは今のは、忍・足・侑・士!?氷帝の天才のくせに常に
負け気味の、あの忍足侑士!?
趣味は映画鑑賞(ラブロマンス)の、関西弁が胡散臭いあの忍足侑士!?跡部と誕生日も近けりゃ身長も近くて
血液型なんか一緒なのに、人間性は全くの正反対っぽいあの忍足侑士か!?

忍足(らしき人)は入口から入って来た直後、どうやらすぐに私に気付いたらしい。

� �どないしたん。」
「あ、いや。何か用があるみたいだったので話を聞いてました」
「用?何の?」

駄目、今振り返ったら絶対吹き出す。
・・・誰か!誰か・・・助けて!跡部ぇえええ助けてぇえええ私あんたの戦友の顔がまともに見られないという
状況に陥ってるんだけど!!
いつまでも尻を向けてるわけもいかないので、私は舌を噛みながら振り返った。金属ならギギギギと不協音が
鳴り響いたことだろう。

ぶふっ
「あ?」

すいません0.1秒でノック・アウト・・・。
盛大に噴出した私はもはや立っていることすら困難だった。その場に座り込むと必死で笑いを耐える。
お前・・・お前、その眼鏡、度入ってないんだろ!?入ってないんだろアーン!外せよ!外せー今すぐ外せ!あの時出会ったのが跡部じゃなくて忍足だったらそれはそれで色々と面白かったかも知れない。

・・・あ。そうだ。日吉のこの話しぶりからすると跡部は今この学校にちゃんといるらしい。
異世界たらい回しにはなっていなかったようだ。良かったね・・・!
これで問題は一つ解決した。
それから忍足が生きてるということは、跡部は忍足には手を上げなかったらしい。何だ。つまんないの。
・・・嘘です。良かったね。

絶対に挙動不審なので、私もそろそろ立ち上がった。なるべく忍足の方は見ずに、少しずれたところに視線を
向ける。と、見えた別のローファーにまたまたハッとした。
思わず目線を上げると、そこにいらっしゃったのは。

「がくっ・・・・!」
「ん?」

と!が・く・と� ��!だった!
はわわわわ・・・!が・く・と!!がーくーとーーー!!岳人―――――っ!!
そのクールガイは忍足の隣に立っていた。テニスバッグを背負い、ポケットに手を突っ込んでそれはそれは
生意気そうだ。でも紛うことなき向日岳人がそこに立っていた!
ひぇー!小っさい!また横の奴との身長差が凄まじい。可愛い。超プリティー。超V字カット。超絶ピンク。
超キュート。持って帰りたい。
プリティ代表向日岳人が、今、私の目の前に立っている。

「・・・!・・・っ・・・!」

ああこれが夢だって分かってたらぐちゃぐちゃに抱き潰すところだ。何て可愛いんだろう。可愛いし、格好良いし、文句無しだ。
その隣の無駄にもさもさしているムックみたいな男に比べたら数千倍は� �愛い。
・・・でも私を見据える岳人のその大きなお目目が、痛い!

昇天しかけた私の気持ちなど露知らず。
突如湧いて出た、制服のままの忍足と岳人に、日吉は面倒臭そうに説明をして下さった。
私が跡部に用事があるとか、知り合いじゃないっぽいこととか、言って下さったのは嬉しいけれど、とにかく
雑だ。
何て雑なんだろう日吉若。もう少しちゃんと話して欲しい。別に逆ハーレムとか期待してないよ。

忍足は日吉の話を一通り聞くと、頭を掻きながら気怠そうに溜め息を一つ吐いた。
そして訝しげに私を見下ろすと、「アンタどっから入って来たん?」と抑揚の無い声音を零す。

「・・・っ・・・いえ。こ、校門からですけど・・・」
「よぅ止められへんかったなぁ。外部の人間がこんな� ��こまで来て、時々おんねんな。俺らの誰かをつけ回して
学校まで乗り込んでくる奴。な、岳人」
「あ、うん」

いやあ、この人にアンタと言われると大層腹が立つ。
思わず『ふざけんな砂利ガキ』と言うところだった。しかしその矢先に忍足が吐き出した意味深な言葉に、
それを飲み込む。
岳人は忍足の問いかけを大肯定するかのように頭をぶんぶんと上下に振った。
・・・何?何か物凄く嫌な予感がする。・・・もしかしてこれは・・・。

「アンタ、常識っちゅーもん知ってる?」
「はい?」
「普通に考えてみいや。外部の人間がな、こーんなところまで来て何考えてんねん。それだけならまだしも、
日吉に声掛けるてどないな神経してんねや。部活中やで。」
「・・・」
「まあアンタ� �た感じそんな危なくなさそうやし、無理に出て行けとは言わへんけどな、このまま此処おっても
摘み出されんのがオチやで。跡部に用てアンタ、用事あんねやったらこんなとこで待ち伏せなんかせんで直接
会いに行き。アポ取ってんの?」
「・・・いえ・・・。取ってません・・・。」
「せやろ。知らへんのやったら教えたるわ。こういうの、ストーカーっちゅーんやで。分かってる?」

やっぱりぃぃい・・・!めちゃめちゃ勘違いされてる・・・!
しかも"常識外れの電波の子"に諭す態勢だ。
・・・でも、悔しいけれど忍足の言うことも最もだ。
跡部にアポも取らず、こんなところにまで来るというのは確かに普通に考えるとおかしい。
用があるなら直接連絡を取れば良いんだし、それに
こ こまで言うのもよっぽど過去に何かあったのか、とち
狂った女性が乗り込んで来たのか、ストーカー事件が実際にあったのか。
忍足はさっきから岳人を庇うように後ろ手に隠しているし、目線も明らかに冷たい。「跡部もキレると恐いしな」
と言いながら眼鏡を上げる忍足はなかなか侮り難い。

そういえばこの人は親父さんは医者だった。ッチ、裕福代表だ。目の前の庶民を完全に見下している。

くそぅ。当然の結果だ。
やっぱりお話の中みたいに上手くはいかないわね!
でもせめてもっと優しくしてくれても良いんじゃないの。
私が私服じゃなくてどっかのセーラー服でも着てれば少しは違ったんだろうか。・・・いや、無い。

「・・・・・・」

そろそろ本気で眼鏡の視線が痛い。ほん� ��うっ殺すでお前。
しかも大変不本意なことには、岳人までもが私のことを完全に変質者か何かだと思っているようだった。
何てことだ。
ここはひとまず退散して、校門ででも待ってみようか。
それこそ待ち伏せのようだけど、こんなところに長時間居続けるよりは人目に付かなくて良いだろうし、どっちに
しろ跡部に会ってどうにか話を付けないと、私は野垂れ死ぬからね!


・・・本気で心配になってきた。跡部が覚えてなかったらどうすれば良いの?この様子じゃ、忍足は愚か岳人すら
駄目だ。
事態に深刻さが垣間見えてきている。
あーもう帰りたいよ・・・。跡部に会いたいだなんて思うんじゃなかった。
少なくともこんな眼鏡と話していても一向に埒は明かない。
去ろう。さっさと去ろう。岳人も何だか釣れないし。あんなに愛してあげてんのに。



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